インプラント治療のはじまりと現在
紀元前に生まれたインプラントの発想。
歯を失った人のあごに人工の歯根を埋め入れるインプラント治療は近代に発達したものですが、実は紀元前の遺跡から歯の代用に貝殻を埋め入れている骨が発見されています。ほかに象牙や宝石を試そうとした痕跡もあり、インプラントの発想は古代から生まれていたといえます。
今の形になったのは1952年、スウェーデンのぺル・イングヴァール・ブローネマルク博士が、研究中にチタンが骨に結合することを偶然発見したことからです。通常、人体は異物が侵入すると拒否反応を起こし、排除しようとします。しかしチタンには高い生体親和性があり、自然に骨と結合しました。この性質はオッセオインテグレーションと名付けられ、基礎研究を重ねてインプラント治療に応用されるようになりました。
40年余の歴史を持ち欧米から日本へ
チタンを利用して開発されたイ ンプラントは1965年、ブローネマルク博士によって世界で初めて治療に使われました。その患者さんは 75 歳で亡くなるまで 41 年間、当初のインプラントを無事に使っていたといいます。
日本で初めてインプラント治療が行われたのは1983年で、ブローネマルク博士が来日され、自ら執刀手術を行ったことが始まりとなっています。
世界では長い歴史を持ちながらも、国内においての普及はその2年後の1985年からで、多くの大学病院で治療が開始されました。
身体にとってより安全な金属・チタン
インプラントの素材であるチタンはあごの骨と結合して、長期にわたり安定することが証明されています。
イオン化にも強く、金属イオンが溶け出さないため口腔内に用いても安全であり金属アレルギーもほとんど起こらないと金属アレルギー学会(いまだ確立途上にある金属アレルギー治療の研究を推進し、多くの悩める患者さんに貢献することを目的として設立された学会)でも認められています。
チタンは歯科医療以外にも、ひじやひざの人工関節として使われるなど、医療の現場では広く利用されています。
将来的にはジルコニアのような 非金属で確実性の高い新しい材料が開発される可能性もありますが、現在のところ、ほかの素材で代用できるものはありません。
現在主流なインプラントの形状。
現在、主流のインプラントの形状はネジ式のスクリュータイプと、ネジのらせんがないシリンダータイプです。
■スクリュータイプ
ネジ状のインプラントで、噛む力を効率よく骨に伝えられる。
■シリンダータイプ
凹凸のない円筒形で骨に埋めやすいが、固定に少し時間がかかる。
進化を続ける現在のインプラント。
インプラント治療はより強く結合できる素材の開発や形状、仕組みなど試行錯誤を繰り返しながら進化を続けています。
現在おもに使われている素材は純チタンやチタン合金などですが、骨との結合をより強くするため、これらにさまざまな表面処理が行われています。
例えば、インプラントの表面を 粗く加工するブラスト処理や、酸化チタンを付与して表面に凹凸をつくる、骨との密着部分を多くするため機械研磨で滑らかにするなど、いくつかの方法を組み合わせます。
さらに素材の表面をHA(ハイドロキシアパタイト(※))という骨と同様の成分でおおう処理法もよく使われます。これは骨との結合力を高めることができるため、難治ケースにも適応するといわれている処理方法です。
また、特定の波長の紫外線をイ ンプラントに照射する「光機能化」という技術もあります。この技術はUCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)の小川隆広教授において開発されたもので、大きく分けて次のような五つのメリットがあります。
①インプラントと骨との結合力を3倍以上増加させます。インプラントが骨と結合する能力を最も良い状態までに引き上げることができ、さまざまな条件下の治療であっても、成功率は一定の高い水準を保つことが可能となります。
②あごに十分な骨の厚みや幅がないなどの場合に、短いインプラントを使用しても、長いインプラントと同じ力で骨と結合することができるため、患者さんが治療を受けられる可能性が広がります。
③あごの骨の厚みや幅が十分にない場合でも、骨を増やさずに治療が可能となり、体を傷つけず負担が少なく治療ができます。
④あごの骨に埋め入れたあとの治癒期間を通常の手術時より、約半分にすることが可能です。
⑤骨の質が良好になるため、骨の高さも減りにくく、長く美しさを保てるインプラント治療が可能となります。
このような多岐にわたる技術の発展により、高齢者でも安心してインプラント治療が受けられるようになり、多くの人が食べる喜びを取り戻せるようになりました。
(※)リン酸カルシウムの一種
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